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スクールホリデーは、親だけでは回らない|実際の「みんなで育てる」子育て

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こんにちは。ニュージーランドで5歳の娘を育てているAyakaです。

スクールホリデー2週目です。

一人っ子の我が家は、朝から母と娘だけで二週間過ごすのは、なかなか大変です。

だからこそ、この期間はプレイデートの約束が大活躍。

「火曜日はうちにおいで。」
「水曜日はうちで預かるね。」
「木曜日は〇〇ちゃんのお家で遊ぼう。」

そんなふうに、お友達のご家庭と自然に助け合いながら予定が埋まっていきます。

もちろん、毎日びっしり予定を入れるわけではありません。
でも、「今日は誰かと遊べる」「家族以外の誰かと会える」という日があるだけで、親も子どもも気持ちがぐっと楽になります。

そして、子供たちを見ていて、いつも素敵だなと思うことがあります。

娘は年上のお兄さん、お姉さんが大好き。
それはよくあることだと思うのですが、年上の子たちも、本当によく遊んでくれます。

娘が一生懸命話しかける内容は、年代が合わないので彼らにとってはもちろん幼いです。
それでも、

「Awesome!」「Nice!」

そんなふうに返事をしながら、一緒に遊んでくれる。

自分が子どもの頃を思い返すと、年上のお兄ちゃん、お姉ちゃんに(嫌がられながら)必死について回っていた記憶があります。

だからこそ、この自然な関わり方に、最初は少し驚きました。

ニュージーランドの教育では、マオリの「トゥアカナ・テイナ(Tuākana-Tēina)」という考え方に基づき、ECE(幼児教育)では異年齢保育だったり、学校でも異なる学年の子どもたちが交流する機会があります。

年上の子が年下の子を自然に助け、年下はその姿を見て学ぶ。
そして年上の子も、教えたり支えたりする経験を通して成長していく。
「教える人」と「教えられる人」ではなく、お互いが育ち合う関係という考え方です。

学校の中だけではなく、こうした関わりが普段の生活でも自然と広がっているように感じます。

お友達と遊び、
年上の子に憧れ、
年下の子に優しくする。

そんな日常の何気ない時間の中でも、子どもたちはたくさんのことを吸収しています。

スクールホリデーは、「コミュニティで育つ」というニュージーランドらしさを、改めて実感する時間でもあります。

休むことも、大事な予定|ニュージーランドのスクールホリデー

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こんにちは。ニュージーランドで5歳の娘を育てているAyakaです。

Term 2(2学期)が終わり、スクールホリデーが始まりました。

最後の日も、日本のような終業式はありません。

先生が「Have a great holiday!」と言って、
子どもたちは「See you!」と帰っていきます。

宿題もありません。

通知表はありましたが、
「何ができなかったか」ではなく、
「何ができるようになったか」
の文章が中心の絶対評価。

このあたりにも、ニュージーランドらしさを感じます。

そして私にとって少し嬉しいのは、毎朝のお弁当作りがお休みになること。
朝に少しだけ余裕が戻ってきます。

……その代わり、

「2週間、何をしよう。」

という新しい悩みも始まります。

家にいると、どうしてもデバイスの時間が増えてしまうので、

何か体験をさせた方がいいのかな。
どこかへ連れて行こうかな。

そんなことを考えてしまいます。

スクールホリデーには、スポーツやアートなどの短期プログラムもたくさん開催されていたり、両親も休暇を取って旅に出たり、それぞれの家庭が思い思いの時間を過ごします。

娘もこのホリデーから、水泳を始める予定です。
(なぜなら水を顔につけることすら怖いので…)

でも、ホリデー直前に学校で行われた保護者向けの説明会で、教頭先生がおっしゃっていた言葉がとても印象に残っています。

「子どもたちは学校で、一日の大半を本当によく頑張っています。家に帰る頃には疲れていて当たり前です。眠くなったり、不機嫌になったりすることもあると思います。」

もちろん家庭でも、5分でいいので、読み書きを続けてほしい。

でも、疲れていたり、今日はやりたくないと言う日には、無理にやらせなくても大丈夫。

まずは優しく迎えてあげてください。

そして低学年のうちは、

「学校は楽しい場所だ」と感じてもらうことが何より大切です。

そんなお話でした。

私はその言葉を聞いて、なんだか肩の力が抜けました。

つい、

「せっかくの休みだから」「何か身につくことを」

と考えてしまうのですが、

子どもにとっては、
ゆっくり休むことも、
たくさん遊ぶことも、

大切な時間なのだと改めて感じました。

この2週間、水泳も始まります。
お友達とも遊ぶ予定です。

でも、何もしない日があってもいい。

そんな気持ちで、娘と一緒にスクールホリデーを楽しもうと思っています。

一学期で、一番変わったのは私かもしれない | ニュージーランドで迎えた最初の1学期

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こんにちは。ニュージーランドで5歳の娘を育てているAyakaです。

ニュージーランドでは今週末でターム2が終わります。

今学期から小学校へ入学した娘。

長かったような、
短かったような。

そんな不思議な3ヶ月でした。

先日、娘が学校から初めてのスクールレポート(成績表)を持ち帰ってきました。

そこに書かれていたのは、

「できなかったこと」ではなく、
「できること」だけ。

そして、入学した頃の様子と比べると、
たった一学期とは思えないくらい成長していました。

もちろん、「ママ行かないで」という日が全くなくなったわけではありません。

でも、そのたびに少しずつ前を向いて、
自分なりのペースで進んでいる姿を見て、
子どもの順応する力に驚かされる毎日でした。

全校集会で一言言う役にも、自分で「やりたい」と手を挙げたそうです。

そして、この一学期で変わったのは、
娘だけではなかったように思います。

入学前の私は、

学校にちゃんと通えるかな。
お友達はできるかな。
もし上手くいかなかったらどうしよう。

そんな心配ばかりしていました。

でも実際に学校生活が始まると、

先生方は娘の名前を覚え、
スタッフの皆さんも自然に声をかけてくださり、
上級生が「一緒に行こう」と手を差し伸べてくれる。

温かい環境の中で、娘だけではなく、
私自身も安心して学校と関わることができるようになりました。

そして最近は、学校のガーデニングなど、保護者がお手伝いできる活動にも参加するようになりました。

何か特別なことをしたいというよりも、
「娘が毎日楽しく通えるこの場所に、私も何か貢献できたらいいな。」
そんな気持ちになったからです。

この一学期で一番成長したのは娘。

…そう思っていました。

でも振り返ってみると、

親も一緒に新しい環境に慣れ、
新しい価値観に出会い、
少しずつ暮らしを築いていく時間を過ごしていました。

一番変わったのは、

案外、私だったのかもしれません。

親の手を離れた、その先にいた人たち | ニュージーランドの小学校で感じた「コミュニティで育てる」ということ

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こんにちは。ニュージーランドで5歳の娘を育てているAyakaです。

少し前まで、学校へ着くと

「ママ行かないで」

と言っていた娘。

ところが最近、学校の敷地内に入ると、
「ここから自分で行ける。ママは帰っていいよ」
と急に言うようになりました。
(今までは教室まで付き添っていました)

最初は驚きました。

本当に大丈夫なのかな。

そう思って、別れたあとも少し離れたところからこっそり見守っています。
まるで『はじめてのおつかい』を見る親の気分です。

すると見えてきたものがありました。

・歩いている娘に、すれ違う先生が「morning, ○○!」と声をかける。
・違うクラスのお友達が手を振る。
・少し上の学年の子が、「一人なの?一緒に行こうか?」と自然に声をかけてくれる。

その様子を見て、

「あぁ、この子は一人で歩いているわけじゃないんだ」

と思いました。

ニュージーランドの小学校では、子どもたちは教室だけで過ごすわけではありません。
授業によって、それぞれの先生のところへ行くことがあります。

図書館で司書さんと話したり、
ICTの授業でITの先生とタブレットでゲーム(本人談)をしたり、
学年が違う子たちとの交流があったり、
先生のメッセンジャーとして事務オフィスや違うクラスに伝達に行ったり、
英語が第二言語のための子のESOLクラスがあったり、
マオリのお部屋での授業があったり、などなど。

クラス内にも担任の先生の他に補助の先生がいることも多く、
(これは低学年だからだと思うのですが!)
学校全体で子どもたちを見守っているように感じます。

娘の学校は中規模校ですが、先生やスタッフの皆さんが、
驚くほど自然に子どもの名前を覚えてくれています。

「Hi, ○○!」

その一言だけで、

子どもは安心できるのかもしれません。

私の知らないところで、娘には娘の世界が少しずつでき始めています。

そして、その世界を作ってくれているのは、
一人の先生ではなく、
学校というコミュニティ全体なのだと感じます。

子どもが安心して「ここから一人で行ける」と思える環境があること。

それも、この国で子育てをしていて良かったと感じることの一つです。

気づけば、英語で遊んでいる|ニュージーランドの小学校生活で育つ言葉

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こんにちは。ニュージーランドで5歳の娘を育てているAyakaです。

最近、娘を見ていて面白いなと思うことがあります。

それは、気づけば英語で遊んでいること。

・人形遊びをしている時
・ぬいぐるみに話しかけている時
・おままごとをしている時

ふと聞いていると、英語です。

「No, you can’t!」
「Come here!」
「My turn!」

どうやら先生やお友達とのやり取りを、そのまま再現している様子。

面白いのは、本人は英語を勉強しているつもりが全くないことです。
英語の時間でもなければ、単語を覚えようとしているわけでもない。
ただ遊んでいるだけ。

ふとした一人言から、学校での生活が垣間見えます。

最近は学校から持ち帰ってくるプリントを見るのも、ちょっとした楽しみです。

先日は、「sh」の音がつくものを探して色を塗るというプリントを持ち帰ってきました。

sheep、shell、ship…

大人から見るとフォニックスや英語の学習ですが、娘にとってはどうやら違うようです。
「今日はお絵描きして遊んだの」と、色塗りや絵探しの延長のような感覚で話しています。

アルファベットやフォニックスも学んでいますが、
本人にとっては勉強というより遊びに近いのかもしれません。

子どもにとって言葉は、
勉強するものというより、
使うものなのだと思います。

思い返してみると、マオリ語も含めて、幼稚園の頃からそうでした。

歌を歌って、お友達と遊んで、先生の話を聞いて。
その中で少しずつ言葉が増えていく。

親としては、どうしても

「英語は上達するのかな」「日本語を忘れてしまわないかな」
と考えてしまいます。

でも娘を見ていると、

言語そのものよりも先に、

友達と遊ぶことや、学校が楽しい場所であることの方が大切なのかもしれません。

好きな遊びがあって、
仲良しのお友達がいて、
その中で言葉が育っていく。

だから、

英語を覚えたというより、
英語で生活するようになった。

そんな表現の方が近い気がしています。

気づけば英語で遊んでいる。

そんな姿を見ながら、
子どもの吸収力と、「楽しい」の力の大きさに驚かされる毎日です。

安心できる場所があるから、挑戦できる|ニュージーランドの学校で出会ったレジリエンス

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こんにちは。ニュージーランドで5歳の娘を育てているAyakaです。

先週、「ママ行かないで」が再び始まった、というお話を書きました。

最初の頃はあっさり登校していたのに、
小学校が始まって1ヶ月ほど経った頃から、
朝になると教室でしがみつくようになった娘。

ある日も、なかなか私から離れられず、
朝の会が始まっても教室に残っていました。

私は隣でその様子を見ながら、

どうしたらいいんだろう。
何が正解なんだろう。

と、少し悶々としていました。

すると朝の会で、先生が一曲の歌を流しました。

テーマは、

Resilience(レジリエンス)

ニュージーランドの学校では、この言葉を本当によく耳にします。

教室の掲示にも、
学校の価値観にも、
日常会話の中にも出てきます。

その日流れていた歌を聞きながら、
今まで私が思っていた「レジリエンス」とは
解釈が少し違うのかもしれない、と、気づくことがありました。

レジリエンスは、

嫌なことがあってもとにかく頑張り続けることではない。

怖くても、不安でも、心細くても、
その気持ちを認めながら、
少しずつ前へ進むこと。

そして、一人で頑張ることでもない。

安心できる人がいて、
安心できる場所があるから
また挑戦できる。

そんな意味に近いのかもしれません。

私はずっと、娘の行き渋りを「自分の課題」のように感じていました。

親として、へこたれてはいけない。
強くいなければいけない。
なんとかしなければいけない。
娘にも、気持ちを強く持って欲しい。

そんな気持ちばかりが先に立って、
肝心の娘の不安や心細さに、
十分寄り添えていなかったのかもしれません。

恥ずかしながら、そのことに初めて気づきました。

その日の帰宅後、娘と一緒にその歌の話をしました。

レジリエンスという言葉のこと。

怖くても、心配な気持ちがあってもいいこと。
母はずっと味方だということ。
嫌になったら、いつでも迎えに行くこと。
少しずつでも、挑戦することだけで十分だということ。

娘の反応は「オッケー!」という軽いものだけでした。

でも不思議なことに、その翌日から、
娘はまた少しずつ

「ママ、バイバーイ」

と言えるようになりました。

もちろん、これだけが理由ではないと思います。

先生の存在。お友達との関係。娘自身の努力。

たくさんのものが積み重なって、
少しずつ学校が居場所になってきているのだと思います。

娘が学んでいること以上に、
実は親の私の方が、たくさん学ばせてもらっている気がしています。

少しずつ前に進む力は、子どもだけではなく、
親にも必要なのかもしれません。

少しずつ慣れる、は一直線じゃない|ニュージーランドの小学校生活

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こんにちは。ニュージーランドで小学校に通い始めた5歳の娘を育てているAyakaです。

小学校が始まってしばらく経った娘。

最初の頃は、拍子抜けするくらい順調でした。

もしかして私が心配しすぎていただけだったのかな。
成長したのかな。嬉しいな。

そう思っていました。

ところが。

1ヶ月経つか経たないかの頃から、
また少し様子が変わりました。

朝、教室で別れようとすると

「行かないで」「ママもここにいて」

としがみついてきます。あの頃の娘、再来です。

ただ、幼稚園と違うのは
「はい、お母さん帰って!」と抱っこで連れて行かれる感じではなく、
素晴らしい距離感で、娘のペースを見ながら対応してくれています。

朝の会が始まっても、私が少し教室に残ることもありました。

娘に興味がありそうなことをさせて気を逸らしたり
周りの子から注目されすぎないように、自然な流れで手を引いてくれたり
先生たちの常にプロフェッショナルな対応に、感謝と感動です。
(こりゃダメだの日は、補助の先生に剥がされていくこともありますが…)

考えてみれば、
娘は同じ幼稚園から進学したお友達がいません。

先生、お友達、環境、全てが、新しいものになりました。

最初の緊張が落ち着いた頃に、
ようやく心細さが出てきたのかもしれません。

でも迎えに行けば、今日の出来事を楽しそうに話してくれる。
学校で覚えたことを教えてくれる。
だから、「学校が嫌」というわけではない。はず。

そこで最近は、迎えに行った後も少し校庭に残って
お友達と遊ぶ時間を意図的に作ってみました。

よく名前が出てくる子のお母さんを探して、
お迎えの時に話しかけてみたりもしました。

実は私は、かなりのインドア派です。
社交的なタイプでもありません。

でも、娘は私のことをよく見抜いているようです。
私が人と関わることを避けていると、
それをちゃんと感じ取っている気がします。

だから最近は意識して、子どもにもママにも話しかけるようにしています。

その効果なのか、
娘自身の頑張りなのか、
あるいはその両方なのか。

ここ数週間で、「行かないで」は少しずつ和らいできたように感じます。

Pepehaの記事を書いた時にも思いましたが、
人は、どこかに属していると感じられることで
安心感が生まれるのかもしれません。

学校も同じ。

教室に慣れることだけではなく、

友達との関係や、先生との関係や、
親のつながりも含めて、

少しずつ居場所になっていく。

慣れるというのは、突然できるようになることではなく、
行ったり来たりしながら進んでいくものなのかもしれません。

だから今日も、

少しだけしがみついて、

少しだけ離れて、

また少し、二人で前に進んでいます。

ありがたいことに、少し学年が上の子達が、良く面倒を見たり遊んでくれているようです。

“ちゃんと整える”より、まず遊ぶ | NZの子どもたちは、小雨なら普通に公園へ行くらしい

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こんにちは。ニュージーランドで小学校に通い始めた5歳の娘を育てているAyakaです。

先日、幼稚園時代のお友達とプレイデートをしました。

この日は朝から、
なんとも微妙なお天気。

晴れているわけでもなく、
かといって本降りでもなく、
小雨が降ったり止んだり。

とりあえず我が家に集合して、
室内遊びからスタートしました。

おままごとをしたり、
お絵描きをしたり。

「今日はこのまま家遊びかな」
と思っていたら、

お友達のママがさらっと一言。

「さ、次は公園行く?」

私:えっ、小雨降ってるけど。
ママ友:うん、小雨じゃん?

そして本当にそのまま公園へ。

すると、いる。

普通に、たくさんいる。

子どもたちが。

しかも、裸足。

芝生を走って、
遊具に登って、
ちょっと濡れて、
また走る。

うちの娘も例に漏れず、
裸足大好きタイプなので、
気づけばいつのまにか靴を脱いでいました。

最初の頃は、

「寒くないの?」
「風邪ひかない?」

と、気になっていたのですが、

ニュージーランドで子育てをしていると、

“外遊びが基本”
“濡れたら着替えればいい”

という感覚に、少しずつこちらが慣れていきます。

多少の雨や泥は、
「遊ばない理由」にはならないらしい。

それよりも、

外で遊ぶこと、
体を動かすこと、
自然の中で過ごすこと。

そちらの方が、
ずっと大事にされているように感じます。

完璧に整えなくても、なんとかなる。

そして子どもは、案外たくましい。

気づけば私も、
「雨なら水だから、多少なら乾くか」
くらいには、図太くなりました。

最初は、「これで大丈夫なの?」
と思っていたことも、

気づけば自分の中で、
少しずつ“普通”になっていきます。

小雨の公園も、
裸足の子どもたちも、

きっと、そういう景色のひとつです。

こちらは秋から冬の季節ですが、子どもたちは半袖。大人はダウンジャケット。

“私の山は○○です”から始まる自己紹介|ニュージーランドのマオリ文化教育

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こんにちは。ニュージーランドで小学校に通い始めた5歳の娘を育てているAyakaです。

小学校が始まってから、
娘は毎日いろいろなことを話してくれるようになりました。

「今日はこれやった!」
「Mrs ⚪︎⚪︎(先生)がハグしてくれた!」
「新しい歌覚えた!」

……と思ったら、

機嫌が悪い日は、「知らなーい」で終わることもありますが(笑)

そんな中で、特に増えたのが、
マオリ語やマオリ文化に関する話です。

正直に言うと、私自身もまだまだ勉強中です。

でも、ニュージーランドで子どもを育てていると、マオリ文化教育は
本当に日常の中に自然に存在しているのだな、と感じます。

近年のニュージーランドでは、先住民であるマオリの文化や言語を、
学校教育の中で大切に継承していこうという流れが強くあります。

「特別な授業」としてももちろんですが、
日常の言葉や歌、挨拶の中に自然にマオリ文化・言語が入っています。

娘も幼稚園の頃から、

簡単なマオリ語の単語、カラキア(karakia:食事や始まりの前に行う祈りのようなもの)、
1〜10までの数え方、歌などを覚えてきました。

最近は、小学校で覚えた自己紹介も披露してくれます。


Ko XX ahau
(私はXXです)

Ko XX Tōku maunga
(私につながる山はXXです)

Ko XX Te Roto
(私につながる湖はXXです)

Ko XX Tōku kura
(私の学校はXXです)


これは、マオリの自己紹介「Pepeha(ペペハ)」につながっています。

Pepehaでは、

自分がどこから来たのか、
どんな自然や土地とつながっているのかを通して、
自分自身を紹介します。

ただ名前や出身地を言うのではなく、

自分を育ててくれた山や川、湖、土地、家族とのつながりを含めて、
「私はこういう人です」と伝える。

その考え方が、とても印象的でした。

ニュージーランドの人気バンド SIX60 の
『Pepeha』という曲にも、こんな歌詞があります。

Ko Mana tōku maunga
Ko Aroha te moana
Ko Whānau tōku waka
Ko au e tū atu nei

「私の山はMana」
「私の海はAroha(愛)」
「家族が私の舟」
「それが、ここに立つ私です」

自然や家族とのつながりの中で、
“自分”を表現しているのがわかります。


海外で子どもを育てる中で、

「どこに属しているのか」
「どんな自然とつながっているのか」

という感覚を持つことは、
実はとても大切なのかもしれない、と感じています。

もちろん、
娘にとってNZ、また、今住んでいるこの場所が
最終的な故郷になるのかは分かりません。

でも、自分を育ててくれる土地や自然を意識する感覚、
それを大事にする文化があることは、
知っていてほしいなと思います。


親子留学というと、

英語教育や海外での生活に目が向きがちですが、

ニュージーランドの学校教育は、
マオリ文化ととても深く結びついています。

そして面白いのは、子どもだけでなく、親も一緒に学んでいくこと。

「知らない文化を、子どもと一緒に知っていく」

そんな時間があるのも、この国の子育ての魅力のひとつなのかもしれません。

心配していたのは、親の方でした|初めてのフル登校の日

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こんにちは。ニュージーランドで5歳の娘を育てているAyakaです。

さて。

慣らし登校も終わり、
幼稚園も卒園し、

いよいよ、小学校初日。

その前には、スクールホリデーが2週間。

せっかく慣れてきたのに、
ここでリセットされないかな、とか

そもそも初日からちゃんと行けるのか、とか
登下校、ちゃんと歩けるのか、とか。

気づけば、親の方がずっと緊張していました。

そして迎えた当日。

いざ学校に着くと、娘は振り返りもせず、

「バイバーイ」と言い、教室内のおもちゃで遊び始めました。

あまりにもあっさりしていて、一瞬、拍子抜け。

でも同時に、

「あ、大丈夫かも」

と、少し肩の力が抜けました。

振り返ってみると、ここまでの間に、
「学校に向けた準備」として
意識していたことがありました。

娘の学校のKāhui Ako(地域の小中高や幼稚園・保育園同士が連携する取り組み)から、
小学校への移行に向けたガイドのようなものがあり、

勇気や好奇心
楽しむ気持ち
うまくいかない時の忍耐
自分の気持ちを自分で伝えること
自分のことを自分でやること
そして、人への思いやり

いわゆる「勉強」ではなく、その前にある土台の部分。

新しいことに挑戦してみること、
うまくいかなくてもやってみること、
人と関わることを楽しむこと。
そういうことを、日常の中で少しずつ積み重ねていく。

これらを支えてあげて欲しいというものでした。

もちろん、すべてが完璧にできていたわけではありません。

でも、少しずつでも「やってみる」経験を重ねてきたことが、
この日の「バイバーイ」につながっていたのかもしれません。

親としては、まだまだ心配は尽きませんが、

子どもは子どものペースで、
ちゃんと進んでいくのだな、と

改めて感じた朝でした。

小学校生活は、まだ始まったばかり。

これからどんな日々になるのか、
少し楽しみでもあり、少しドキドキでもあり。

そんな気持ちで、
最初の一日を見送りました。