こんにちは。ニュージーランドで5歳の娘を育てているAyakaです。
最近、娘を見ていて面白いなと思うことがあります。
それは、気づけば英語で遊んでいること。
・人形遊びをしている時
・ぬいぐるみに話しかけている時
・おままごとをしている時
ふと聞いていると、英語です。
「No, you can’t!」
「Come here!」
「My turn!」
どうやら先生やお友達とのやり取りを、そのまま再現している様子。
面白いのは、本人は英語を勉強しているつもりが全くないことです。
英語の時間でもなければ、単語を覚えようとしているわけでもない。
ただ遊んでいるだけ。
ふとした一人言から、学校での生活が垣間見えます。
最近は学校から持ち帰ってくるプリントを見るのも、ちょっとした楽しみです。
先日は、「sh」の音がつくものを探して色を塗るというプリントを持ち帰ってきました。

sheep、shell、ship…
大人から見るとフォニックスや英語の学習ですが、娘にとってはどうやら違うようです。
「今日はお絵描きして遊んだの」と、色塗りや絵探しの延長のような感覚で話しています。
アルファベットやフォニックスも学んでいますが、
本人にとっては勉強というより遊びに近いのかもしれません。
子どもにとって言葉は、
勉強するものというより、
使うものなのだと思います。
思い返してみると、マオリ語も含めて、幼稚園の頃からそうでした。
歌を歌って、お友達と遊んで、先生の話を聞いて。
その中で少しずつ言葉が増えていく。
親としては、どうしても
「英語は上達するのかな」「日本語を忘れてしまわないかな」
と考えてしまいます。
でも娘を見ていると、
言語そのものよりも先に、
友達と遊ぶことや、学校が楽しい場所であることの方が大切なのかもしれません。
好きな遊びがあって、
仲良しのお友達がいて、
その中で言葉が育っていく。
だから、
英語を覚えたというより、
英語で生活するようになった。
そんな表現の方が近い気がしています。
気づけば英語で遊んでいる。
そんな姿を見ながら、
子どもの吸収力と、「楽しい」の力の大きさに驚かされる毎日です。














