こんにちは。ニュージーランドで5歳の娘を育てているAyakaです。
先週、「ママ行かないで」が再び始まった、というお話を書きました。
最初の頃はあっさり登校していたのに、
小学校が始まって1ヶ月ほど経った頃から、
朝になると教室でしがみつくようになった娘。
ある日も、なかなか私から離れられず、
朝の会が始まっても教室に残っていました。
私は隣でその様子を見ながら、
どうしたらいいんだろう。
何が正解なんだろう。
と、少し悶々としていました。
すると朝の会で、先生が一曲の歌を流しました。
テーマは、
Resilience(レジリエンス)
ニュージーランドの学校では、この言葉を本当によく耳にします。
教室の掲示にも、
学校の価値観にも、
日常会話の中にも出てきます。
その日流れていた歌を聞きながら、
今まで私が思っていた「レジリエンス」とは
解釈が少し違うのかもしれない、と、気づくことがありました。
レジリエンスは、
嫌なことがあってもとにかく頑張り続けることではない。
怖くても、不安でも、心細くても、
その気持ちを認めながら、
少しずつ前へ進むこと。
そして、一人で頑張ることでもない。
安心できる人がいて、
安心できる場所があるから
また挑戦できる。
そんな意味に近いのかもしれません。

私はずっと、娘の行き渋りを「自分の課題」のように感じていました。
親として、へこたれてはいけない。
強くいなければいけない。
なんとかしなければいけない。
娘にも、気持ちを強く持って欲しい。
そんな気持ちばかりが先に立って、
肝心の娘の不安や心細さに、
十分寄り添えていなかったのかもしれません。
恥ずかしながら、そのことに初めて気づきました。
その日の帰宅後、娘と一緒にその歌の話をしました。
レジリエンスという言葉のこと。
怖くても、心配な気持ちがあってもいいこと。
母はずっと味方だということ。
嫌になったら、いつでも迎えに行くこと。
少しずつでも、挑戦することだけで十分だということ。
娘の反応は「オッケー!」という軽いものだけでした。
でも不思議なことに、その翌日から、
娘はまた少しずつ
「ママ、バイバーイ」
と言えるようになりました。
もちろん、これだけが理由ではないと思います。
先生の存在。お友達との関係。娘自身の努力。
たくさんのものが積み重なって、
少しずつ学校が居場所になってきているのだと思います。
娘が学んでいること以上に、
実は親の私の方が、たくさん学ばせてもらっている気がしています。
少しずつ前に進む力は、子どもだけではなく、
親にも必要なのかもしれません。














